学校紹介

School introduction

歴史

 上宮高等学校は、明治23年(1890)浄土宗を母胎として創立されました。以来116年間、普通科・男子校としてその長い歴史を刻み、幾多の卒業生を送り出してきました。大阪で最も古い学校のひとつとして、永い歴史の中で培われてきた伝統を大切にし、きめの細かい教育を推進しています。

 

校舎

上宮高等学校の沿革

・明治23年 浄土宗学大阪支校

・明治45年 上宮中学校(旧制)

・昭和23年 新制・上宮高等学校

 

 

司馬遼太郎氏と上宮高等学校

 昭和の大作家、司馬遼太郎氏は、旧制上宮中学校の卒業生です。司馬遼太郎氏直木賞受賞記念氏が直木賞を受賞された昭和35年、同窓会主催の祝賀会が上宮学園の会議室で催されました。上宮の図書館には司馬氏の寄贈による「司馬遼太郎文庫」があります。

 

 

校歌

校歌「月影」

 

「月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞ 澄む」

 

 これは校祖法然上人の御作で、仏様の慈愛について述べておられます。

仏の慈愛はさながら月光に似て、人の世のすみずみまで照らします。だが、月明かりをいいなあと思う人にだけ月光の良さがわかるように、ああこれが仏の慈愛なのだ、と感じ取れる人にだけ、慈悲の心は通じる。仏恩とはそのようなもの、と説いておられます。本校ではこの月影の歌を校歌にしています。その荘重な音律のすばらしさと共に、新入生諸君が毎年4月、この名曲を聴いて感動してくれます。卒業生は校名一つないこの歌を校歌としている母校に、限りない母校愛と誇りを感じてくれます。

校訓

正思明行

「正しく考え、明るく行動する」

 

 何気ない言葉のようですが、邪悪なことを考えていて、立派なことがやれるわけがない。小さなことにくよくよしていて、大事業が達成できるわけがない。要は心のもちかた。他者が見て、この人にはついて行けると思われるような人物は、いつも考えていることが清く正しく、その言動もおのずと清明で、正々堂々としているものです。君たちもそういう立派な人物になれという校祖の思いが、この四文字にあります。

 

 また上宮には昔から「学順」と呼ぶ教訓があります。

「一に掃除、二に勤行、三に学問」といいます。この「掃除」はしばしば誤解されていますが、仏道ではもっと哲学的な意味をもち、俗世を浄土のごとく掃き清め、もって俗念を断つ。『往生要集』にもある、穢土を厭い浄土を求める、その心がけが第一で、つぎに己が身の力の限り努力して勉学に勤しめば、学問は自ずから身に備わり、その真価を発揮するという意味です。

 

 以上のことはいずれも仏の叡智に根ざしています。現代のようなコンピュータ万能の時代でも、いや、むしろ、このようなブラック・ボックスの伴うテクノロジーが人智を凌駕する時代に生きるからこそ、この叡智は大事なのです。いたずらに俗世の成功を求めず、人間ほんらいの生き方と「知の真価」を求める。上宮学園では法然上人のこの人道と仏の慈愛を多くの若者に分け与えて、100年の伝統を経てもなお脈々と受け継がれています。

 

 

ごあいさつ

理事長

佐藤諦学

 古代から、現代に至る浪花文化の花開いた上町台地の中央、上本町に1世紀に亘る教育の伝統と実績を継承してきた学園です。

 仏教に流れる自己の練磨と生かされる喜びを内に、学業への絶え間ない挑戦の場として、我々の学園は日々努力しています。

校長

校長

土井博史

 創立116年の歴史と伝統のある上宮高等学校は、共学の多い大阪の私学の中では数少ない男子校の一つです。

 高校での三年間は、フランスの思想家ルソーのいう「第二の誕生」の時期になります。自立し、立派な人格をもつ大人になる 第一歩を踏み出すのです。私たち上宮の教職員は、「より厳しく、そしてより温かく」をモットーに、諸君たちが成長する 手助けをしたいと思っています。

 大学進学指導を第一の目標に掲げる学校はたくさんありますが、そんなことは当たり前のことで、それ以上の付加価値、 即ち諸君の十年、二十年、さらに五十年先で生きてくる人生観や人間としてのあり方などを考えるための基礎を築くこと、 これが上宮の目標です。